JWの“開拓奉仕”という取り決めについて少し考えてみました。考えれば考えるほど、その意義に疑問を感じずにはいられなくなりました。聖書には、弟子たちを2人ずつ組ませて宣教旅行に送り出したイエスが「時間」について指示をしたという記録はありません。また、弟子たちがした奉仕報告にも「時間」の記述はないはずです。いったい何を根拠に“開拓奉仕”なるものが作られたんでしょうか?(^_^;) 日本支部が一生懸命励ます開拓奉仕、果たしてそんなに価値ある取り決めでしょうか? 以下に思いつく限り、この取り決めのメリット・デメリットを挙げてみました。
メリット
@膨大な時間が費やされる結果、より多くの人に布教できる...のかな?
よ〜く考えましたが、これくらいしかないです

デメリット
@実際には、おしゃべりや休憩に多くの時間が充てられることになる

緊張感のない布教活動を見る外部の人は「なんて暇な人たちなんだろう

」とマイナスイメージを持つのでは?
A開拓者になれる人に(無意識のうちに)優越感・特権意識を持たせる

自分はそんなことはない、と言う人には「開拓をおりて、目立たず人知れず年間840時間奉仕できますか?」と問いたい。正直に吟味して「ハイ」と言える人は少数だと思う。
B逆に、開拓者になれない人に罪悪感・引け目を感じさせる

これが“開拓奉仕”の一番の問題点だと思う。本来なら、やりたい人が現実的に可能ならやればいい、ということにすぎないんだろうけど。たとえば、2世がこれという理由もなく、大学進学or全時間の仕事を選択すると「なんで?」という冷たい目で見られることになる。巡回・長老・古い開拓など、強い影響力を持った人がそういう雰囲気を醸し出すこと多いから、真面目に考えちゃう人ほど苦しむことになる。何にも聖書から外れたことなんかしてないのにね。
C他の有意義な活動に充てられるはずの時間を奪う

効率よく回れば2時間で終わってしまう。でもそうすると今日の予定時間が入らない。結果、@のようになり3時間を計上する。1年間こんな感じで奉仕するとどうなるか? 実際に奉仕してるのは560時間。何と280時間は姉妹同士のおしゃべりに費やされていることになる。開拓奉仕という取り決めがなければ、それだけの時間を他の有意義な活動に使えるのでは? 網羅しきれないほどの区域があるなら話は別だが、日本(特に都市部)は高い頻度で訪問されている場合が多いわけだから。
こう考えると、“開拓奉仕”にはデメリットの方が多いですよね

支部委員の皆さん、開拓奉仕の撤廃を統治体に提案してみませんか? これはガスパールからの提案です(^o^)丿 確かに、奉仕時間はガタ落ちでしょうが、それが正直な数字であるはずです。また、真の“開拓者”であれば、そんな取り決めなくたって840時間働くでしょうから。さらに、開拓者制度をなくしてしまえば、変な優越感や抱く必要のない罪悪感から多くの人を解放することもできますよ。誰にもスポットライトは当たらない、そういう状況であってこそ正しい動機で行動するように促されると思いませんか?
ま、統治体に物申すなんて無理でしょうけどね(^_^;)
posted by ガスパール at 13:59|
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